大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)969号 判決

(一)、昭和三六年二月一三日午前六時三〇分頃、横浜市戸塚区平戸町九三六番地先の東海道路上において、中村満州男の運転する自動車と反対方向から進行して来たトラツクとが衝突する事故が発生したことは、本件口頭弁論の全趣旨に照し、当事者間に争がない。

〔証拠〕を綜合すれば、次の事実を認め得る。(中略)

右の認定事実によれば、本件事故の原因は、後記認定の如く中村満州男の過失も一因をなすとはいえ、その主たる原因は、以下にも説明するように、本件道路の本件事故現場附近における下り車道側路面が幅約三・五メートル、長さ約七〇メートルに亘つて凍結していたことに在るものと認めるのが相当である。

(二)、しかして、前記丁字路の附近において、本件道路の左側(藤沢方向に向つて)に沿つて控訴人の設置した排水溝が存し、この排水溝の水は藤沢方向に流れ、前記弘明寺に通ずる県道に突き当つたところから埋設された土管によつて右県道の左側(本件道路に向つて)を流れる小川に落下するようになつていることは、当事者間に争がなく、〔証拠〕を綜合すれば、次の事実を認めるに足る。すなわち、右排水溝はU字型をした幅約四〇糎位のもので上蓋の設備はなく、右土管は右排水溝の流水を前記県道脇の小川に流すため控訴人において敷設したものに係り、事故発生当時は、直経約二五糎位のものであり、右土管の入口(前記丁字路の東角)には、塵芥の流入を防止するために、約一〇ミリ位の太さの鉄棒を五、六本組み合せて作つた格子が設けられていた。前記丁字路の上手附近における住宅、工場などの増加に伴い前記排水溝に流される下水の量は一段と増加したばかりか、右排水溝には前記の如く上蓋の設備がないため木片その他の汚物が前記鉄格子に絡みついて水の疎通を妨げる関係から一寸した降雨の際にも右排水溝を流れる水が前記土管の入口において溢水して本件道路上に溢れ出し、前記丁字路附近から事故現場附近までの路面に水溜の生ずることが屡々あり、また冬期においては、稀にはそれが路面で凍結することもあつた。右溢水の度毎に、現場附近の住民はもとより、地元の交通安全協会からも、再三、所轄の戸塚警察署に苦情が持ち込まれ、右警察署は、その都度横浜市土木局に対し、交通の安全確保の見地から前記排水溝の水が溢水しないよう善処方を申し入れたが、本件事故発生に至るまでの間、右土木局において何ら適当の措置を構じなかつた。訴外横浜製紙株式会社は紙屑を原料としてチリ紙の製造をしている会社で、前記丁字路から約五〇メートル保土谷よりの附近に製紙工場を有しているところ、右会社は、本件事故当日の前日である昭和三六年二月一二日の午後三時頃から事故当日の未明にかけて、右工場で製紙に使用した廃水(製紙原料である紙屑の残滓を含んだどろどろのもの)を同工場の沈澱槽を通じて前記排水溝に流した。右沈澱槽は深さ五尺、一辺の長さが一間と二間のもので、廃水中の紙の残滓などが流出することを防止するため八分目位の金網が設けられてはいたが、右廃水の中に残つていた紙屑の残滓が前記鉄格子に引き懸つていた塵芥に加つて前記土管の入口において右廃水の流れを阻害したため、溢水が生じた。右溢水は同所から本件道路の下り車道側の路面を藤沢方向に向つて流下し、折からの寒気により凍結し、上記認定の如き帯状の結氷となつて路面を覆うことになつた。控訴人はかねてから、前記会社が右工場の廃水を前記排水溝に放流することを許可していたものであるが、同会社に対し製紙の残滓などの流出について特段の注意、監督をしていなかつたし、同会社においても漫然と工場の廃水を右排水溝に流していた。原審証人中野啓吾の供述中、右認定に反する部分は、前記採用の各証拠に照して措信しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右の認定事実によれば、本件道路の下り車道側路面にできた上記帯状の凍結は、横浜製紙株式会社において排水溝に放流した廃水の中に存していた紙屑の残滓が本件土管の入口に設置された鉄格子に付着していた塵芥に加つて本件土管の入口を塞いだため、右廃水が溢水して本件道路上に溢れ出し氷結したことにより生じたもので、右溢水については、右会社に一半の過失がないとはいえないが、控訴人の設置した本件排水溝、土管、鉄格子の設置上の瑕疵もしくはそれらの管理についての瑕疵も、その原因であることを否定し得ないことが明らかである。

控訴人は、控訴人において本件事故発生の三ケ月前に前記県道下に埋設の土管を従来の管経二五糎のものを四五糎のものに取り替えたから、本件下水施設になんらの瑕疵がなかつた旨主張するが、控訴人においてその頃土管の取り替えをなしたことについては、前記措信しない原審証人中野啓吾の供述部分を措いては、他にこれを認めるに足る証拠はなく、上記溢水は土管の経口の細かつたことに因るよりは、むしろ土管入口に設備されていた鉄格子の設置自体の瑕疵もしくは右鉄格子を含む、その前後の下水施設の管理上の瑕疵に基因するものであることは、上記認定の事実から明らかであるから、たとえ控訴人において、その主張の如く、本件事故発生前に土管の取替をしていたにしても、そのことだけで直ちに本件下水施設の管理についての瑕疵がなかつたものとは即断できない。右主張は採用できない。

控訴人は、上記溢水は、横浜製紙株式会社がその製紙工場から不純物の混つた汚水を放流したために起つたものであるから、控訴人には本件事故に因る損害賠償の責任はない旨主張する。上記認定の事実によれば、上記溢水の直接の原因は、横浜製紙株式会社が紙屑の残滓を含む廃水を本件排水溝に放流したことにあることが明らかで、同会社に少なくとも過失のあつたことを窺い得ないではない。しかし、控訴人において従来から右会社がその製紙工場の廃水を本件排水溝に放流することを許しておきながら、製紙原料である紙屑の残滓が右廃水に混入して流出しないよう適切な注意、監督をしなかつたことも、上記認定の事実から明らかであるから、本件溢水は控訴人の本件下水施設の管理についての瑕疵もその一因となつて生じたものというに差支えない。したがつて、控訴人の右主張も採用できない。

更に、控訴人は、中村満州男が寒気厳しい二月一三日の午前六時頃ということを考え、降雪霜または路面の凍結等を念頭において時速三〇ないし四〇粁位の速度で運転していたならば、事故は発生しなかつたものであるから、本件事故は中村満州男の重大な過失が唯一の原因である旨主張する。しかし、本件道路の事故現場附近は、前記のように下り勾配とはいつても、控訴人の主張によれば、僅かに一〇〇〇分の二〇に過ぎず、そのゆえに一般道路について最高の六〇粁の速度が許されていたことは既に認定したとおりであり、しかも事故当日はもちろん、その前日頃に降雨、降雪のあつたことを認めるに足る証拠はないから、たとえ事故当日の未明における寒気が殊に厳しかつたにしても、中村満州男において事故現場附近を一般的に控訴人主張のような速度で運転すべき注意義務があつたものとは、とうてい認めがたい。したがつて、中村満州男の過失とその程度とについては、なお後記にゆずるとして、本件事故の唯一の原因が中村満州男の重大な過失にあるとなす控訴人の主張は、採用の限りでない。

そうだとすれば、控訴人は、国家賠償法第二条第一項の規定に基づき、本件事故に因る損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

(中西 兼築 稲田)

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